介護老人のためのグルメ

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父が入所している介護施設へは車で一時間。助手席には逗子で仕入れた海の幸や、美味しいと評判のお菓子などを乗せて走る。食べることだけが楽しみという父へのお土産だ。

 

昨日到着した時間は、夕方の5時前。ベッドで相撲を観戦していた父は、私の顔を見たとたん「今日は何を持ってきた?」と聞く。6時から夕食なのだからと説得しても無駄なことで、「少しだけね」と持参したクッキーを口の中に入れてあげた。
「うまいなあ、もっと」
脳卒中の後遺症だけでなく年齢のせいもあるのだろう、満腹中枢が鈍っていて幾らでも食べたがる。
「○○さんはどうした?中トロが食べたいなあ」
○○さんとは私の婚約者のことで、会えるのを楽しみに待っている。何故なら父の大好物の中トロを、お見舞いのたびに彼が持参するので、○○さんイコール中トロという図式が頭の中に出来てしまった。

 

元気だった頃は、高級料亭の板前も一目置くほど食通だった父。
美味しい米や野菜が食べたいと新潟に自ら農場まで作り、東京から足繁く視察に通った。
車のトランクにぎっしり積んで帰った収穫物を深夜までかかってビニール袋に小分けにし、ご近所や社員たちに配って歩いた。
貰った人たちは嬉しそうに受け取って、実際は調理もせずに捨ててしまった話を裏で聞いていたが、それでも父は配り続ける。美味しいものを独り占めするのでなく、取り分が減っても分け与えて、皆の喜ぶ顔を見たかったからだ。

 

夕食の時間が近づき、車椅子に乗った父をダイニングへと連れて行く。
「ここの飯は不味いんだ。冷たいし量が少ない。お前見ていけ」
ごめんね、今日は時間がないから今度見るねと約束して、私は下りのエレベーターに乗った。不味くても全部平らげるのだろうけれど、ウサギの餌と称するものを口に運ぶ姿を見ていられなかったからだ。

 

人生80年とすれば食事の回数は8万7000回。今年4月で81歳になる父は、長生きの健康食より、好物で満腹になる食事を望んでいる。介護上の立場と本人の希望とを両立させれば、私はお土産を運んであげることしか出来ないけれど、次も出来うる限りのグルメを選ぼう。今は無くなってしまった農場の味を、どこかで探すことが出来たら本望だ。

コメント

  1. 素浪人 より:

    >好物で満腹になる食事を望んでいる

    拙者の知人も同じ、ちなみに3月で81歳。
    昔は、酒も食も豪快だったけど、今はすっかりほそった分、少しの食べたい物や飲みたい物でいい様子です。

  2. yuris22 より:

    素浪人様

    「少しの」という事がご病気のせいでなければ良いのですが、ご年配の方が好物を目にした時の喜ぶ顔は、見ている側も幸せな気分になります。
    私も80まで生きるとしたら・・・、少しの「お酒」をたしなむ事にします^^;

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