人見知りからの脱却

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今日は朝から防災設備の点検や配水管の洗浄、トイレのメンテなどがあり、業者が次々と出入りしている。ドアホンが鳴るたび、真っ先にお出迎えに行く与六はやんちゃそのもの。猫は大人になってから人見知りが始まるらしい。
人間の場合は逆で、人見知りは子供の頃に見られる状態だったが、小子化の影響か、最近は大人になっても治らない人が多いと聞く。ひきこもりはその典型だ。

自分が人見知りかどうかを診断するサイト『人見知り診断』を試してみた。「電話は苦手」「合コンが好き!」など10の質問にYESかNOで答えていくと、得点50点で人見知りに認定された。「嘘だろ、心臓に毛が生えてるくせに」と言われそうだが、私としては納得の判定である。

振り返れば子供の頃は、満点に近い人見知り度。友だちとは1対1で付き合うことは出来ても、複数人の仲間には入れなかった。自意識過剰かエゴの強さか、相手に断られる屈辱が耐えられなかったからだ。実際は断られた経験もないのに「私も混ぜて」が言えず、机にしがみ付いた優等生を演じていたと思う。

人見知りからの脱却を余儀なくされたのは20代後半。東京FMで放送作家の仕事を始めてからだ。月~金のベルト番組を受け持って、ネタ集めをしに毎日のように取材に出向く。トレンドを追いかける番組だったので、内容はファッション、エンターテイメント、アート、スポーツ、ビジネス、暮らし・・とオールジャンル。見ず知らずの相手にアポを取るため、最初の電話を入れる時が何よりも緊張した。

フリーの私は放送局の社員ではないし、制作会社にも属していない。震える声で「○○局の○○○○という番組でライターをしている織田と申します」と名乗ると、「え?」と警戒した声が返ってくる。「どちらの織田様ですか?」と聞かれれば、「いやその、会社じゃないんですけど・・、1人でやってまして・・」。あれこれ事情を説明して取材に伺う日程を決めるまで、心臓は張り裂けそうだった。受話器を持つ前に「よしっ!」と気合いを入れては、別人格の自分を作り上げたものである。

本音を言えば今だって知らない人に話しかけるのは苦手だし、1人でパーティーやイベントに参加するのは不安だ。しかし特訓の賜物か、「よしっ!」の別人格が背中を押してくれるから堂々と胸が張れる。人生は一期一会の勇気。そのご褒美として家に帰って素に戻れば、自分のエゴをヨシヨシして思い切り甘やかす。

三つ子の魂百まで。人見知りは強制的に直せるものではないが、経験を積むことでカムフラージュすることは出来る。緊張とガス抜きを繰り返しながら、自分の素顔をちゃんと知っていられる生き方に、それなり満足な現在である。

追記: 9月5日20:00

夕方になって与六が物陰に隠れるようになった。探すと部屋の隅で、それも狭っ苦しい所に身を潜めている。空には満月。夜なので写真は撮れないが、南西を跨ぐようにダイナミックな筋雲が何本も出ている。
外まで雲の様子を見に行くと、おしかけノラ猫のリズが足元にニャオンと寄ってきた。半年振りぐらいか。餌が欲しいわけでもなく、危険が迫ると警告しにくる不思議な猫だ。とても心配。何事もなければいいけれど・・。

リズ
満月

コメント

  1. 大熊ねこ より:

    こんばんは…と、あいさつするような時間でもありませんが(;^_^A
    久々な暑さに寝苦しく、目を覚ましてしまいました。

    「わたしも!」と、共感する部分が多く、改めて自身を振り返る事が出来ました。
    『机にしがみついた優等生』
    『別人格の後押し』
    まさに私もそんな感じだなぁと。
    最近友人に言われた言葉が
    「あんたは高校の時には既に出来上がってたから、今になってやっと年齢が追い付いてきたって感じだね」
    です。
    高校から成長してないのかな‥なんて裏を返した考えは起こさず、素直に喜びたいと思った言葉でした。
    自分を見つめるのは勇気がいって、ついつい逃げ腰になりますが、見つめる事で先も開けますよね。
    私も、いままで叩けないでいた殻をコンコンと叩いてみようと思わされました。

  2. yuris22 より:

    大熊ねこ様

    中学生のときだったか、太宰治の『人間失格』を呼んで、自分の心の裏側を透視されたような気持ちになりました。周りを上手く騙しているようでも、別人格の私をみんなはお見通しなんじゃないかと・・。
    それが今では充分に開き直って、二つの人格が仲良く付き合っていけるようになりました。杓子定規に生きる必要なないんだと思っています。老後は程よい不良ばあちゃんになりたいものです。

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