マンションの玄関を開けた正面に、大輪の薔薇が一輪咲いているのを見つけた。目の覚めるようなローズ色。近寄ってカメラのレンズを向けながら、頭の中に浮かんでくる質問は・・「薔薇という漢字が書けますか?」
書き方を何度覚えてもまた遠ざかり、文筆業を営む身として恥ずかしい記憶力である。
形ではなく語源から入ろうとして、薔薇の漢字を分解してみた。「薔」はミズタデ(沢蓼)のことで、タデ喰う虫も好き好きの元となったヤナギタデの一種。葉に独特の辛味があるので香辛料として使われ、鮎の塩焼きにかけるタデ酢には葉を摩り下ろしたものが入っている。
「薇」は山菜のゼンマイ。ワラビのように渦巻き状になった新芽は、胡麻和えや煮物で食卓に上がる。
この2つの組み合わせで何故バラなのか。平安時代には垣根にまとわりつく意味の「墻靡(さうび)」と呼ばれていたのが、ショウビ・ソウビの音読みが残って、現在は「薔薇」の当て字が使われているという。そもそも明治時代に入るまでの日本にはツルバラの類しかなく、西洋ほど興味を持たれない地味な花だったらしい。同じく初夏を季語とする同士でありながら、牡丹の方が花王としてダントツの存在だったのだろう。
今ではプレゼントの花束で一番人気の薔薇。ロシアの歌で、加藤登紀子が日本語訳をした「百万本のバラ」を思い出す。貧しい画家が全財産を売り払って、片思いの女優のために捧げた百万本のバラ。窓の下に敷き詰めた真っ赤なバラの海を見て、女優はどこかのお金持ちの悪ふざけと思い、また別の街へ旅立ってしまう。女優には華やかな人生、絵描きには孤独の日々が残ったけれど、バラの思い出だけは心に消えなかった。
これまで花束は何十回も貰った記憶があるのに、薔薇オンリーでは一本のラッピングしか貰ったことのない私。一本と百万本にはどんな差があるのだろうかと、禅問答に陥ってしまう独りの初夏である。
コメント
決して広くない我が家のバルコニーは、フィアンセの努力によりちょっとしたローズガーデンになっています。
彼女と暮らすようになるまでは、花なんて全く興味が無かったのですが、この時期にバルコニーを彩る薔薇には感動しますね。
それにしても彼女は書けるのかな?漢字で・・・
湘南ミヤウチ様
ローズガーデンを持つことは女性の夢です。それを叶えてあげるフィアンセも夢のサポーター。ステキなカップルですね。