人のふり見て我がふり直せ

あるお婆さんの家を、泥棒が偵察していた。こっそり台所の窓を覗くと、お婆さんは夕食の支度中。鍋の味噌汁をお玉ですくうと、小皿に移して味見をしている。一人暮らしでもきちんとした生活ぶりに感心した泥棒は、盗みを諦めて立ち去ったという。どこで読んだか忘れたが、生活態度がズボラになりそうな時、いつも頭に浮かんでくる話である。

先日友人と、一人暮らしをしている男友達の部屋を訪ねた。ファッション関係の仕事をしている彼は、普段着でもコーディネートに気を使い、女性のエスコートや飲食のマナーにも長けている。しかしその朝は別人を見てしまった。

一番悪いのはアポなしで行った私たち。しかし物には程度というものがあろう。電話を入れたあとにチャイムを押すと、ドアを開けた彼の姿に言葉を失った。シャワーを浴びた後だったらしく、花柄のタオルを頭に巻き、白の福助のシャツに、スウェットパンツをお腹の上までズリあげて履いている。足元はゴムの便所サンダル。

見ちゃいけないものを見てしまったと、背を向けて目を伏せる私の横で、友人はさらに驚くものを見たという。
「あのさ、歯が全然なかったよ。総入れ歯だったんだ・・」
えっ、まだ50代なのに!? これまで抱いていたスタイリッシュな幻想がガラガラと崩れたのは言うまでもない。

しばし外で暇を潰してから部屋に入れて貰うと、息ができない。床もソファーも脱ぎ散らかした服が山となり、テーブルには丸めたティッシュの山と、カビカビになったコンビニ弁当が異臭を放っている。「ごめん、散らかしてるけど」って、これじゃゴミ屋敷の一歩手前だろうが！

泥棒が入って大金を盗んでいっても、絶対に気付かないだろうな。「男やもめにうじがわく」、「百年の恋もさめる」、「知らぬが仏、見ぬが秘事」、いろんな諺が脳裏をかすめ、最後には「人のふり見て我がふり直せ」に行き着いた。

誰が突然来てもいいように身奇麗にしていよう。掃除もきちんとしておこう。入れ歯にならぬよう歯磨きも徹底しよう。シャワーの後、新しい部屋着に袖を通しながら、反面教師からの教訓を頭に叩き込んでいる。