ネット検索の手軽さが引き起こす健忘症

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今日はとんでもない物忘れをした。「飛んで火にいる夏の虫」が出てこなくて、「夏の蛾?」「夏のハエ?」と首をひねりながら、とうとうネット検索。それも「火に飛び込む夏」で検索して、ちゃんと正しいことわざが表示されるのだから、Google恐るべしである。

この物忘れのひどさは認知症の始まりだろうか。でも人の名前を覚えられないのは今に始まったことではなく、もだえ苦しみながら思い出して、「今度こそ!」と頭に刻んでもまた忘れる。
特に芸能人の名前に関してはダメで、「あの〇〇に出てた人」と映画の名前を言おうとするが、その映画が何だったか、正確なタイトルが出て来ないのだから始末が悪い。

先日、「奇蹟がくれた数式」という映画を見て、主役のインド人を演じた俳優をどこかで見たと思った。ストーリーは思い出しても「スラムドッグ$ミリオネア」のタイトルが言えず、一緒に見た友人に「ほら、クイズで勝ち抜いていくヤツ、みのもんたが司会したクイズ番組みたいなので・・・」と身振り手振りで説明し、結局は分からずじまい。

帰りの電車でネット検索すれば、なんとまあ、デーヴ・パテールは両方の映画の主役だったことが分かったのである。そりゃ、どこかで見た顔のはずだ。8年も経っているから思い出せないのか、健忘症なのか、ますます不安になってしまう。

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顔は思い出せるのに名前が出て来ないのは、視覚情報に頼り切っているからで、最初から名前を覚えようとする意識が足りなかったせいと言われている。顔や体つきなど画像の情報は右脳、名前など文字情報は左脳で覚えるのだから、両方を結びつける接点が見つからない状態だ。これが良くない。

分からなければすぐにスマホやパソコンで検索してしまうと、右脳と左脳を繋げようというパルスが無くなり、暗記能力まで低下してしまう恐れがあるのだ。

こうしてパソコンに向かいながら、ふと後ろの本棚を振り返ると、今はほとんど開かなくなった辞書が並んでいる。国語辞典、漢和辞典、類語辞典、ことわざ辞典、方言辞典、日本語表現辞典、差別語辞典・・・と、昔はこれだけの辞典を調べながら原稿を書いていたのに、今ではGoogle検索ばかり。それも曖昧な言葉を入力すれば、「もしかして」と電子頭脳が正しい検索語まで表示してくれるのだから、頭脳が退化していくわけだ。

もし大停電が続いてインターネットが使えなくなったら、どれだけの国民の頭脳が路頭に迷うだろう。思い出せないことがあっても痺れを切らさずに、自分ひとりで時間をかけて記憶の糸を辿り、ニューロンとニューロンを繋ぐシナプスの結合を復活させなくては。顔と身体だけでなく頭脳のアンチエイジングこそが、若さを保つ秘訣なのだとつくづく思っている。

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