左うちわは夏の小袖か

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分散していた夏季休暇が終わり、仕事場にレギュラーメンバーが揃う時期。ふだんは都会人を気取る職業の人たちから、田舎に帰った話を聞くのは面白い。

 

スタイリスト見習いのA君は、実家が福島県。一足遅れのお盆休みは墓参りに帰ったというが、その報告に驚いた。「じいちゃんの墓に水ぶっかけて、メロンを供えてきました」。
まだ20歳そこそこなので、墓石を洗って磨くという発想がないにしても、どうして高価なメロン? 放っておいてカラスに突かれないの?

 

横から先輩が口を挟む。「こいつんちは地主で金がうなってるんですよ。長男なんだから家業を継げと、親父にいつも怒られてるそうです。」
Aくんの実家は、広大な田畑を持つ農家だ。お父さんは足腰が元気なうちに息子に農業を教えたいのだが、都会のカタカナ職業に憧れるAくんは逃げ回ってばかり。今回も20分だけお説教を聞いて、誘いにきた友人たちと一晩中遊んで過ごしたという。

 

他に家業を継ぐ人はいないのかと聞けば、お姉さんはいるけどニートで家に篭ったまま。お婿さんを貰う気など全くないらしい。

「もったいないなあ。これから農業は儲かるぞ。左うちわで暮らせるのに。」
先輩の呟きにAくんが首を傾げた。
「ひだり・・うちわ?・・それなんですか?」
そうなのか、今の若い子は「楽して暮らせる」という左うちわの意味も知らないのか。そこにもう一人のアシスタントが質問してくる。
「左手でうちわを持つのって、意味があるんですか?」

 

物書きのくせして恥ずかしいことに、私も語源がわからない。みんなで考えること数分、右手で札束を勘定しながら、左手でうちわを持って扇ぐほど余裕のある状態なんじゃないかという結論になった。まるで浪花の商人みたいである。

 

家に戻りさっそく、語源由来辞典を調べた。
「左うちわは、一般的に利き手が右手であることに由来する。利き手でない左手でうちわや扇をゆっくりと使う姿は、あくせく働く必要がなく、ゆったりした生活を送っているように見えることから、『左うちわ』や『左おうぎ』と言うようになった。」

私たちの推論は当たらずとも遠からずだが、2人のアシスタントの反論が耳に残っている。
「うちわなんか、今どきの金持ちは使わないでしょ。クーラーがガンガンにきいた部屋で札束を数えますよ。左クーラー、右クーラーです。」

 

うーん。『左うちわに長ぎせる』なんてことわざは、彼らにはもっと分からないだろうな。うちわで扇ぎながら、長距離電車のキセルができる余裕とでも言いそうな・・。ことわざの時代は遠くなりにけり。今の若い人たちには『夏の小袖』なのかもしれない。

注釈:
『夏の小袖』・・小袖は冬着であるところから、時節外れで不用な物のたとえ。

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