本棚に並んだ書物と心のヌード

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人間は他人に素っ裸を見られるのと、心の中を覗かれるのと、どちらが恥ずかしいだろう。私は後者が恥ずかしく、特に誰かに本棚を見られるのは「心のヌード」を公開しているみたいで耐えられない。仕事に使う辞書や歳時記、WEB関連の技術書などは書斎の本棚に並べてあるが、その他は全てスチール製の秘密のロッカーにしまって背表紙を見られないようにしている。リビングに置いた読みかけを「ふ~ん、こんなの読んでるんだ」と言われた分には、真っ赤になって奪い返すだろう。

本棚という言葉を聞くといつも、中学生のころ住んでいた家の物置にあった古い箱を思い出す。ガラスの開き戸の内側には褪せたカーテンが張られていて、隙間なく詰め込まれた本たちはカビ臭くて湿っぽい。大人の恋に憧れていた私はそこに禁断の物語が隠されていると踏んで、親たちの留守を狙っては、40ワットの電球の下でページを繰っていたものである。D・H・ローレンスの「チャタレイ夫人の恋人」や原田庸子の「挽歌」といった不倫小説を読んでは、後で辞書を引いて確かめた言葉たちを温めていたものだ。耳年増な言葉、例えば「コキュ(妻を寝取られた男)」なんて日常生活に使えるはずもなく、覚えてしまった自分が周りにばれていないかドキドキした。

今や独り暮らしの書斎で、ましてや文筆業という生業からして、何を読もうと堂々と出来るはず。しかし一冊たりとも古本をブックオフに売る勇気はなくて、タイトルが見えないように紙袋に詰めて燃やすゴミとして出している。エロ本があるわけじゃないのに、どうやら中学生のときに「本棚は隠微」というイメージが定着してしまったらしい。

病み上がりで家籠りの夜。降り続く雨の音に気分はブルーだ。秘密のロッカーから文庫本を取り出してパラパラと捲っては、忘れていたストーリーを思い出す。物置で隠れ読みしていた少女は今でも私の中にいるかしら。今夜は密かにハーレークイーン小説でも引っ張り出して、甘ったるいロマンスで春の愁いを吹き飛ばすとしよう。

※ 歳時記から引用した「春愁」の句。
「春愁の書架乱るるにまかせけり」(渡辺千枝子)
特に理由もないのに春はもの憂い心持ちになる。その気分を紛らわそうと書架から本を取り出して読み、飽きてはまた別の本を取り出して読みしているうちに、書架は雑然と乱れていく。その乱れを直す気にもならず、春の哀愁は続くばかりだ。

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    「華氏451」ですね。見てイケない書籍は燃やす?
    拙者も「禁書」は奥深く…。

  2. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    禁書を詰め込んだロッカーを開けたとたん、与六がすっ飛んできます。匂いを嗅ぎまくる様子からして、本が発するエロスを感じ取っているのでしょうか。前世は何だったんだろう・・。

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