「あのー、聞いていらっしゃいましたか?」
知人からの電話に嫌な予感がした。こういう時には一番当たって欲しくない事が当たる。今はもうクローズした恵比寿のKANA BARでの飲み友だち、Tさんが亡くなったという。
彼女はとうに還暦を過ぎていたが、現役の有名スタイリスト。会うたびに私の髪型や服装に辛口のアドバイスをくれた。『ノースリーブは大人の勝負服』という日記で、去年の5月に書いた素敵なお姉さまである。
気丈でテキパキと事を進める性格はいつも幹事役。一昨年の8月にKANA BARの店主が亡くなった訃報もTさんがくれて、送る会を開くために常連たちで店を大掃除した。
いつもゴージャスな服装の彼女が、ノーメイクにダボダボのオーバーオール姿。ゴムで縛った髪に一輪の赤い造花をつけているのが妖艶で、かつて一世を風靡したヘアメイクアーティストだった店主へのメッセージなのだと推測した。翌日の送る会は突然だったにも関わらず、各界の著名人が店の外まで溢れたのは、彼女の的確な采配があったおかげだろう。
自宅の近くにバーを開くから来てちょうだいと、半ば命令口調の電話とFAXを貰ったのがいつだったか。オープニングの日は逃げたところ、その週に「いつ来るのよ、今日?来週?」とお怒りの電話。それでも数ヶ月放っておいたままだった。アルコールが伴侶みたいな飲み方をする彼女のことだから、効率アップで自分の店を持ったのだろう程度にしか考えていなかったからだ。
最後に話をしたのは、今年4月の終わり。「連休が明けたら、Tさんのボーイフレンド候補を連れてお伺いします」と連絡して、おっとりと構えていたら今日の訃報だ。
彼女は自宅で亡くなっていたのを、最近見かけないなと心配した管理人さんが発見したという。それってKANA BARのKさんと一緒じゃないの・・と絶句した。彼も部屋で倒れて亡くなったのを、数日たってから発見されたのだ。高齢者の孤独死。詳しい死因は分からず、あんなに連絡を貰いながら心の闇に気付いてあげられなかった私は後悔するのみだった。
そしてまた、Tさんの死因も分からない。誰かに電話して情報を得ようかと思いながら、今さら分かってどうするのだという躊躇がある。彼女が亡くなったのは5月だそうで、既に骨になってしまった。「もし私が死んだら作品を売ったお金で、お骨はバリの海に散骨してください」との遺書らしきものがあったそうだ。
毎年夏がくると、どうして親しい人の突然の訃報が届くのか。私の住む逗子の小坪は明日から氏神様の夏祭りで、今夜が宵宮。陽気な酔っ払いたちが田舎町に溢れる。日本酒が大好きで、惚れ惚れするほど粋な飲み方をしていたTさんを偲びながら、今夜は隣にもうひとつお猪口を置こう。
コメント
ご無沙汰しています。私も1ヶ月前に聞きました。うれしい話ではないうえ、ご存じだと思いご連絡しませんでした。知り合いが亡くなるのは本当につらいですね。
川上様
もっと早く会いに行っておけば良かったと、今さら知った自分が情けないです。彼女の長い黒髪はゴーギャンの絵のようで憧れでした。それがもう跡形も無くなってしまったんですね。何度も勧めてくれたバリ島へ、彼女の魂に会いに行ってみたいと思います。
悲報に接し、悲しみにたえません。
心よりご冥福をお祈りいたします。
私も同じような経験があります。
信頼していた仕事仲間に久しぶりに電話をしたら、
「姉は一年前に亡くなりました。そして不思議なことに今日が一周忌なのですよ」と妹さんから伝えられました。
その時の言いようのない感情は、今でも忘れることはありません。
周りの人たちもそして私も いつ何が起きてもおかしくない年齢になったのでしょうね。
703様
結婚式に出席するより、告別式に参列する方が多い年齢になりました。でも亡くなったことさえ知らなかった友人に対しては、手を合わせる場所も分かりません。
彼女は連絡先リストを作るのが苦手らしく、いつも私たちが通っている美容院を通して連絡をくれました。月一回通いながら、つい先日も「○○さんには最近会わないけれど元気?」なんて話をしていたのに・・。
携帯電話に残っている連絡先。かけても通じないと知りながら、消去できない人たちにはいつか空の上で会えるのでしょうね。